★グッドタブ・マネージメント社
グッドマンはロサンゼルスに戻ると、進行中のプロジェクトをすべて売り払ってしまいました。
大変な決断でした。
上場しているREITの株価に注目し、買収を通じて支配権を握ろうと考えたのです。
そうしているうちに巡りあったのがデンバー・リアル・エステートでした。
ホテルやショッピングセンター、マンションなど20数件の資産を運用している会社です。
グッドマンはカナダの取引先の銀行に出向き、買収資金調達で協力を求めました。
すでに一株14から16ドルで同社の発行済み株式の4パーセントを手に入れていましたが、会社ごと買い取るためには有力なパートナーが必要でした。
★グッドタブ・マネージメント社
成功に次ぐ成功で、「失敗するはずがない」と思いだしたころ、不動産での失敗が始まったそうです。
しかしグッドマンは、こりるどころか、ますます闘志を燃やしました。
そのとき目についたのが、REIT(不動産投資信託)に関する雑誌記事だ。
「REITなんて、聞いたこともなかった。
すぐに雑誌社に連絡して、REITの専門家を紹介してもらった」。
そのとき会ったのがケン・キャンベルでした。
彼は『リアルティ・ストック・レビュー』なるニューズレターの発行人でした。
REITは不動産というより株式投資に近い。
確実だし、妙な土地をつかまされたりする心配もない「きれいな」ビジネスでした。
株式を公開しているREITも多い、そういうところの株に投資すればいい・・・。
グッドマンは株を公開しているREIT200社のリストを手に、キャンベルの事務所を後にしました。
★グッドタブ・マネージメント社
70年代後半、グッドマンは商品先物にも手を出して大儲けしています。
金と銅、それに英国ポンドの先物取引でした。
「当時、金は1オンス150から200ドルで売買されていた。
値の変動が小さいときは、簡単に利益が出る。
しかし一日に50ドルも値が動き始めると、今度はリスクが大きくなりすぎる。
だから手を引いた。
その後の急騰は読めなかったが、深入りし過ぎて損しなかったのだから幸運だと思わなければ」
先物取引と不動産で、彼はこの一年で100万ドルを手にしました。
★グッドタブ・マネージメント社
ロバート・グッドマンは売り主でも買い主でもない仲介業、取引する土地に何の権利も持てないブローカーでは物足りませんでした。
「当然成立してもよい取引が途中で放り出捌されてしまう例が多すぎた。
だから25歳のとき、独立してアメリカに行く決心をした。
もっとアグレッシブで魅力的な市場があり、チャンスも多いはずだったから」です。
グッドマンは妻と2人でアメリカの西海岸を見て歩き、ロサンゼルスに居を定めました。
最も将来性のある市場はここだ、と信じたのでした。
予測は当りました。
タイミングも良かった。
70年代後半の急激なインフレで地価は急上昇し始めていました。
だからこそグッドマンは、次々にオフィスビル建設用地を買いあさり、建てるそばから売り払っていったそうです。
★グッドタブ・マネージメント社
ロバート・グッドマンが19歳のときでした。
「初めて父の会社に出勤した日、こう言われたそうです。
これから一年は、人と会うときは必ずお前を連れて行く。
うちのトップ・セールスマンもつけて出す。
だが口をきくな。
話を聞け。
顔の表情をよく観察して、人間を知ることに時間をかけろ。
それがビジネスの基本だ」と。
そして一年間、グッドマンは週給100ドルをもらいながら、父の教えを守りました。
「一年目の年収は5000ドル。
だが20歳になると、父は独り立ちしろと言った。
サラリーはなし、手数料だけというわけだ。
その年、手数料で49万ドル、実質24万5000ドル稼いだ。
その先は前進あるのみさ」しかし彼はブローカーで終わる気はなかったのです。